福岡の家庭教師ふなきのブログ 義務教育における義務とは? 多様性のある社会を目指して

義務教育における義務とは? 多様性のある社会を目指して

なんとなくブログ村(ランキングサイト)を見ていたら、興味深い内容の記事を同業者の方があげられていました。


記事の内容は、「身体的、精神的な理由で学校に行けない生徒がいるが、病気と理由付けして学校から逃げるな。それは社会では通用しない。小中学校は義務教育で集団規範を学ぶ場所なのだから、親から虐待されても、同級生にいじめられても、学校には行くべきだ。自分はそういう状況でも、頑張って乗り越えたんだ。自分に出来て、他の人に出来ないわけがない。」というものです。


うーん、賛同はしかねますが、色々と御苦労された方なんだなーと思いました。


ただ、不登校の問題は、生徒本人の気持ちや頑張りで解決する問題ではありません。もちろん、その方もそれを承知の上で書かれているのはわかるんですけどね。すごく熱心な方だからこそ、そのような考え方をされていることは理解できます。


たしかに右に倣えの集団規範バリバリの大人になることができれば、日本社会を生きていくうえでは楽でしょう。ただ、社会はどのような経緯で育った人でも、等しく受け入れられる多様性を持たなければならないし、そのような社会を作ることが、現在生きている大人たちの責務だと考えています。


また、そもそも、義務教育における義務が課せられている対象を履き違えているように感じます。 義務教育における義務とは、国、自治体、保護者、国民などが子どもに教育を受けさせなければならないということです。 決して、子どもが教育を受けなければならない、学校に必ず行かなければならないという義務ではありません。


つまり、義務教育においては、家庭内のDVや学校内でのいじめが起きている現状を改善することが、学校、保護者、そして国民ひとりひとりに課せられた義務なのです。


したがって、「不登校を生徒本人の努力と気持ちで解決するべき」というのは、上記の通りの一国民、一家庭教師に課せられた義務を放棄し、その責任を子どもに転嫁することと同義であると考えます。


我が国では年間3万人近くの方が自殺をしています。 たしかに片頭痛や過敏性腸症候群が死因となることはありませんが、自殺をする人の多くはそのような疾患を抱えたうえで、 自ら命を絶つのです。


いじめが起きている状況では学校に行く必要はありません。学校とは、勉強だけでなく集団規範を学ぶ場所だという意見もあります。それは間違いありません。しかし、命をかけてまで、学ぶようなことではありません。 学校に行っていなかったとしても、問題なく社会生活を営んでいる方は多くいらっしゃいます。 さらに言えば、現在の学校教育の基盤が出来る前、つまり江戸時代以前も、日本人は集団規範を順守する国民性を有していました。


社会で通用するため、生きていくために、人は学びます。その学びの場の多くは学校です。 学校でのいじめが原因で命を絶つのは、本末転倒というものです。 学校に通えなくても、学ぶことができ、社会進出することのできるシステムを作ること、これが国、学校、そして国民に課せられた義務だと思います。


今月はブログを更新するつもりはなかったのですが、先日の北九州の女子生徒がいじめがきっかけで自殺したという報道があり、タイムリーだったので書いてみました。それでは暑い日が続きますが、身体にできるだけ負担をかけずに8月を乗り切りましょう。



にほんブログ村 教育ブログ 家庭教師へ
にほんブログ村

下の画像をクリックするとウェブサイトに飛びます。家庭教師の指導を希望される方は、ウェブサイト内のメールウォームをご利用ください。



website_pic.png家庭教師をご希望の方はコチラをクリック。

テーマ : 家庭教師
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

ふなきち。

Author:ふなきち。

福岡市内を中心に家庭教師をしています。そこで培った経験や情報を発信していこうと思いました。質問や感想などお待ちしております。

授業をご希望される方へ

授業を希望される方は、

家庭教師のふなきちウェブサイトをご覧ください。

website_pic.png

教育理念、授業方針、指導料金などは、ウェブサイトに記載しています。

最新記事
カテゴリ
全て記事へのリンク一覧

全ての記事を表示する

リンク
ブログランキング

家庭教師ランキング
にほんブログ村 教育ブログ 家庭教師へ
にほんブログ村
↑をクリックしていただくと、他の家庭教師の先生のブログの紹介サイトにリンクされます。